デンオン PRA-2000 – 長岡鉄男氏が愛用したプリアンプ

デンオン(現デノン)が1979年に発売したプリアンプ。アナログディスクを最高のクオリティで再生することを狙い、新開発のリアルタイム・イコライザーを搭載。オーディオ評論家の長岡鉄男氏がリファレンス機として愛用したことでも知られています。

デンオン PRA-2000とは

デンオン pra-2000
デンオン PRA-2000

リアルタイム・イコライザー

そもそもイコライザーって何?

1979年はまだCDが登場する前。再生ソースはすべてアナログだった時代です。アナログ音源にはレコード(ディスク)のほかに、FM/AMチューナーやカセットデッキ、オープンデッキなどがありましたが、何といっても王様はレコードでした。

ディスクを再生するにはカートリッジが拾った音声信号をそのまま増幅するのではダメで、イコライザーという回路を通してフラットな周波数特性に戻す必要があります。

「戻すって何のこと?」と思われたかもしれませんが、レコードに刻まれた音声信号は原音そのままではないのです。簡単に言うと、レコード針が音溝をトレースしやすいように、意図的に低音は弱く、高音は強くレベルが調整されているのです。従って、再生時には、カートリッジが拾った音声信号を、今度は逆方向に調整してフラットに戻してやる必要があります。その働きをするのがイコライザーというわけです。

デンオンPRA-2000
レコード再生を極める意気込み

リアルタイム・イコライザーとは

前置きが長くなりましたが、PRA-2000ではイコライザーにデンオンが「リアルタイム・イコライザー」と名付けた回路を採用していました。

技術的な話になってしまいますが、当時一般的なイコライザーの回路はNF型と呼ばれるものでした。NF(ネガティブ・フィードバック)とは信号の一部を入力に戻す(フィードバック)ことで歪や周波数特性を改善するというアンプの回路に定番の手法でしたが、動的特性に悪影響がある、超高域では効果が減少するなどの限界も指摘されており、NFとどう向き合うか、どう使いこなすかはメーカー各社の腕の見せ所といった感がありました。

デンオンではNFに頼らない独自の回路方式を開発。これを「リアルタイム・テクノロジー」と称しており、プリメインアンプにもこの回路を展開していました。NFでは信号を入力に戻すことによって原理的に時間差の発生が避けられない、ということを逆手に取ったネーミングと思われます。

リアルタイム・イコライザーではCR(コンデンサーと抵抗)というパッシブ素子の組み合わせによって周波数特性の補正(前述の高音・低音のレベル調整)を行い、新開発のFETの採用と巧みな回路設計、そして電源の強化によってNFに頼らない無帰還方式のイコライザーを実現しました。

その結果、イコライザー偏差は20Hz~100kHz±0.2dBという、NF型では得難い超ワイドレンジかつ高精度を実現しました。

高性能MCヘッドアンプを搭載

MM型よりも音が良いとされるMC型カートリッジは、MM型に比べて出力電圧が低いことから、ヘッドアンプや昇圧トランスを介してイコライザーに入力することになります。

PRA-2000では22個のローノイズ・トランジスタを使ったヘッドアンプを搭載。ヘッドアンプ基板内に安定化電源を備えて電源インピーダンスを低く抑えるなど、単体のヘッドアンプ並みに手の込んだ設計になっていました。

シンプルで美しいデザイン

割り切った究極のシンプルさ

個人的には世界で一番美しいプリアンプではないかと思っています。ただ、使い勝手を犠牲にした面もあり、好みは別れるかとおもいます。

シーリングパネルを閉じた状態では、露出しているのが電源スイッチとボリュームのみ、というプリアンプとしては究極のシンプルさ。

シーリングパネルを閉じた状態
究極のシンプルさが美しい

使い勝手を考えると、最低限、入力切替スイッチは表に出しておきたいところです。実際に、後継機のPRA-2000Zではシーリングパネルを閉じた状態でも入力切替スイッチが操作できるように改められました。機能的には改善ですが、デザイン的にはややありきたりになってしまったとおもいます。

機能も最小限

シーリングパネルを開くとスイッチやノブが現れますが、機能は至ってシンプル。

ディスクに力を入れただけあってフォノは3系統あります。フォノ3はMCカートリッジ専用でヘッドアンプを経由します。

シーリングパネル内部
シーリングパネルの中身

トーンコントロールが省かれています。ラウドネスもありません。音声信号経路のシンプル化により、信号の僅かな劣化も嫌った設計です。シンプルなパネルデザインと一貫した思想を感じます。

テープのスイッチは、テープのモニターオン・オフと、レックアウトのオン・オフを兼ねています。モニターとレックアウトはスイッチが別々になっているのが一般的と思われますので、初めは少し戸惑いました。

スイッチ
最小限の機能

入力切替スイッチの左に見慣れないスイッチが付いています。プリセットと書いてあります。これは、電源を入れたときにどの入力が選択された状態にするか、を選ぶ機能です。今日的感覚では、電源をオフにした時点の入力が、次にオンにするときのデフォルトになっていればいいのにと思うのですが、あえてスイッチで固定的に選ばせています。入力切替スイッチにメモリー機能が無かったからでしょうか。

インプットセレクター
インプットセレクターとプリセットスイッチ

長岡鉄男氏が愛用

著名なオーディオ評論家であった長岡鉄男氏が新製品やレコードの音質評価用システムに採用していたことはつとに有名です。氏の影響でPRA-2000を手にしたオーディオ愛好家は少なくなかったのではないでしょうか。

オーディオ雑誌の別冊FMファン33号(1982年春号)に「長岡鉄男のカートリッジ29機種フルテスト」という特集が掲載されています。その前文でリファレンスシステムの紹介があるのですが、いかにも長岡鉄男氏らしいエピソードが書かれています。

プリアンプは二年間使ったPRA-2000がついにダウン、基板をエポキシで固めたのが結局は故障の原因になったようだ。

氏は製品に手を加えるのが好きで、よく使われるのがエポキシとブチルゴム、釣り用の鉛のオモリなど。あと鉛のインゴット(延べ棒)を重石として製品に乗せるということも定番でした。

くだんのPRA-2000についてはこう語っています。

エポキシは凝縮しないとされているが、実際には凝縮するので、基板をエポキシ側に曲げる力が働く。(中略)基板の曲がりでクラックが入ったようである。とにかく薄っぺらな基板なのである。

とひとくさり苦言を呈したあとで

このプリの音は、特にエポキシで固めた時の音は独特で、細かい音の再生と、音像、音場の三次元的なリアルな表現能力はどのプリよりも優れている。

と称賛していました。

データ

  • モデル名:PRA-2000
  • 発売:1979年(昭和54年)
  • 定価:200,000円
  • サイズ:W455 x H132 x D357(mm)
  • 重量:10.5kg

カタログより

PRA-2000単品カタログ
PRA-2000単品カタログ
カタログ中面
無帰還回路をアピール
カタログ裏面
当時は日本コロンビア株式会社でした

管理人のつぶやき

何を隠そう、管理人も長岡鉄男氏の信奉者でした。氏が連載していた「ダイナミックテスト」が読みたいばかりに、数あるFM誌のなかでも「FMfan」だけを毎号買っていたぐらいです。

当時は貧乏学生でオーディオに回せる資金などごく限られたものでしたから、いくら氏が推奨した製品でもおいそれと購入することはできませんでした。

それでも、中古でサンスイのAU-D707(プリメインアンプ)をゲットしたり、ローンを組んでトリオのKP-880D(プレーヤー)に手を出すなど自分なりに背伸びしていたのを思い出します。

長岡鉄男氏に共感したのは、氏が高級機崇拝者ではなく、「コストパフォーマンス」を非常に重視していたことですね。安くても良い製品はあるし、工夫しだいで高い製品を負かすこともできる。貧乏学生にとってはオーディオを身近に感じさせてくれた神様のような存在でしたね。あと、独特の表現を駆使した歯に衣着せぬ製品評価が痛快でした。メーカーに遠慮せず、ダメなものはダメと一刀両断の評価。

そういえば、自動車評論家の徳大寺有恒氏も辛口評価で売った人でしたね。もっとも徳大寺氏はもっぱら外国の高級車好きでしたから、その面では長岡氏と対極ではありましたが。

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