フローリアンは、日本車としては稀有な美しさを誇るいすゞ117クーペの姉妹車として1967年に登場しました。2度のマイナーチェンジを経て、前期型とはまるで別モデルのような変貌を遂げつつ15年の長きに渡り生産されました。
いすゞ フローリアンとは

名車117クーペの姉妹車
コロナやブルーバードがつばぜり合いを演じていたミドルクラスのファミリーカー市場にいすゞが挑んだ意欲的なサルーンで、スポーティーなベレットの上級車として企画されました。
デザインは同社の117クーペと同様に、イタリアの名門カロッツェリア・ギアに委託されました。ところが、117クーペがその比類ない美しさで歴史的名車として称賛されたこととは裏腹に、フローリアンはさして話題になることもなく、商業的にも不発に終わってしまいました。血を分けた姉妹がこうまで運命を異にすることになるとは、クルマの一生も人生並みにわからないものです。
まっとうなファミリーセダン
クルマとしての出来は決して悪くはなく、6ライトウィンドウのおかげで明るく広い室内スペースに静かで快適な居住性、マイルドな乗り心地に加えて、走行性能も最高速度150km/hを誇る高性能ぶり。37項目にも及ぶ安全装備やフルリクライニングバケットシートなど快適装備も充実していました。

マイナーチェンジでまるで別モデルに
異形ヘッドライトにやや逆スラントしたフロントは、ピラーの細い6ライトウィンドウによるサイドビューやセミファストバックの流れるようなリアとよくマッチしており、117クーペの姉妹車であることがうなずけるものでした。
ところが、2度にわたるマイナーチェンジを経てフロントマスクは激変。中期型で丸目4灯に変更され凡庸になり、さらに後期型になると前期型とはまったく別モデルのようなイカつい顔立ちになりました。派手なメッキのグリルはアメリカ車をイメージしたかのようで、ほぼそのまま残ったサイドやリアとのバランスがチグハグになってしまいました。


法人需要で生きながらえる
どれほど出来の良いクルマであってもそれだけで商業的に成功するとは限らないのが難しいところ。マーケティングやディーラー網といった販売面では、いすゞのような規模のメーカーがトヨタや日産に対抗するのはなかなか難しく、フローリアンで狙ったファミリー層への浸透には苦戦しました。
そこでタクシーや自動車教習所といった法人需要に活路を見出すことになります。1977年の2度目のマイナーチェンジでは、上記のごとくデザインを大幅変更しただけでなく、燃費に優れるディーゼルエンジン搭載車を追加したことも法人狙いの証といえるでしょう。

白馬からとったネーミング
最後に「フローリアン」という車名について。
これはオーストリア皇帝が愛でた白馬の名前に由来すると言われていますが、そのもととなったのはカトリック教会の聖人フロリアヌスです。フロリアヌスはバイエルン地方の軍司令官であるとともに消防隊の責任者でもありました。ローマ帝国によるキリスト教迫害に抗って殉死してしまいますが、のちに聖人として崇められるようになったということです。前世にちなんで、消防や安全の神とされます。
車名として採用されたのは、「安全」と白馬の優雅なイメージの両方が理由ではないかと思われます。
データ
- 販売期間:1967年~1982年(昭和42年〜57年)
- エンジン:1.6L, 1.8L, 2.0L 直列4気筒
- ホイールベース:2,500mm
- 全長:4,430mm
- 全幅:1,620mm
- 全高:1,445mm
- 車重:1,345kg
管理人のつぶやき
フローリアンは旧車イベントなどでもあまり見かけることのないレアなクルマです。117クーペのような華がないことと、タクシーや教習車として主に法人向けに売られていたことが背景でしょう。
管理人の記憶にあるのはイカツい顔の後期型で、やはりタクシーでした。雪の降る日にディーゼルエンジンらしい「ガラガラ」とうガサツな音にあの独特な匂いの排気ガスを撒きながら走り回っていた印象で、古臭くてダサいクルマとしてインプットされてしまったようです。
改めて前期型を見るとなかなかエレガントで良いですね。フロントマスクだけでこうまで印象が変わるとは。さすがカロッツェリア・ギアによるデザイン。いすゞは117クーペのほかにもベレットやピアッツア、ジェミニなど日本車離れしたセンスのクルマを出してきましたが、フローリアンも前期型がヒットしていればそうした一台に数えられたかも、と惜しまれます。


