スカイラインには、歴代モデルごとによく知られる愛称がついています。3代目は「ハコスカ」、4代目は「ケンメリ」、そして5代目であるC210型はなんと「ジャパン」です。
日産 スカイライン(5代目/C210型)とは

「ジャパン」と呼ばれた5代目
「ジャパン」という名前は、単なるファンによる呼び名ではありません。5代目スカイラインが登場したときの広告キャンペーン、「日本の風土が生んだ名車です」というコピーから生まれた愛称です。つまりメーカー自身が「SKYLINE JAPAN」と堂々と名乗ったわけです。
今考えると、かなり思い切ったキャッチコピーです。自分たちで「名車です」と言い切ってしまうのですから。でも、それだけスカイラインというクルマに対する日産の自信があったのでしょう。

ケンメリの次という難しい立場
先代の4代目スカイライン、いわゆる「ケンメリ」は大ヒットしました。テレビCMや広告も含めてスカイラインの人気を大きく押し上げたモデルです。
その後を受けて登場したのがジャパンでした。
ところが、このころの自動車を取り巻く環境は、それまでとは大きく変わっていました。オイルショックに加え、排ガス規制もあり、自動車メーカーにとっては厳しい時代です。
そんな状況で登場したジャパンは、ケンメリのようなスポーティさを前面に出すというより、より「名車」としての存在感を狙ったように見えます。
デザインは先代と比べると肩の力が抜けた印象ですが、装備や内装、それに乗り心地には名車たろうとする意気込みが感じられました。一方で、初期モデルはケンメリに比べると少しおっとりした乗り味で、スポーティセダンという感じは薄かったようです。

それでも、やっぱりスカイライン
ところが、そこはやっぱりスカイラインです。大人しくなったと思わせておいて、しばらくすると「走り」のほうでも存在感を取り戻していきます。その象徴がターボでした。
後に登場したターボモデルは、当時としてはかなりインパクトのある存在でした。特に4ドアのジャパンターボは「当時最速の4ドア車」と言われるほどで、ターボとATの組み合わせは日産では初めてだったそうです。
今ではターボ+ATなど珍しくありませんが、当時はかなり新しい組み合わせでした。快適で装備もいい。でも、ちゃんと速い。このあたりから、ジャパンらしいキャラクターが見えてきます。

セリカとの熱い広告合戦
当時のライバルとの広告合戦も、今振り返るとなかなか面白いものがあります。
トヨタ・セリカがDOHCエンジンを搭載して、「名ばかりのGT達は、道を開ける。」という有名なコピーでライバルを挑発すると、ターボを投入したスカイライン側は「今、スカイラインを追うものは誰か」と応戦したといいます。
オイルショックや排ガス規制で各メーカーが苦労していた時代でも、販売競争は熱かったわけです。
現在の自動車広告では、ここまでライバルを意識した表現はなかなか見られません。こういうところにも、当時のクルマ文化の熱さを感じます。

丸目4灯か、角目2灯か
ジャパンのデザインで個人的に気になるのが、前期型と後期型の違いです。
前期型の丸目4灯には、昔ながらのスカイラインらしい雰囲気があります。少し丸みを帯びたボディに4灯のヘッドライト。いかにも1970年代後半の日本車という感じがします。
一方、後期型のGT系は大型の角目2灯となり、かなり精悍な顔つきになりました。それでもリアには伝統の丸4灯テールが残されていて、前から見ると新しくなったのに、後ろから見ると「やっぱりスカイライン」という感じがします。
どちらが好きかは、かなり意見が分かれるところではないでしょうか。

上級グレードには憧れのホイール
後期型のGT-ESやEXなど上位モデルには、カンパニョーロやミケロッティの特別なデザインのホイールが用意されました。
当時の若者にとって、こうしたホイールを履いたジャパンはかなり憧れの存在だったのではないでしょうか。
今のように、クルマを買った後にインターネットで好きなホイールを選ぶ時代ではありません。メーカーが用意した特別なホイールそのものが、クルマの魅力のひとつだったわけです。

ジャパンといえば「マシーンX」
そして、ジャパンを語るうえで忘れられないのが「西部警察」です。
黒いジャパンターボを見ると、どうしても大門団長の専用車「マシーンX」を思い出してしまいます。

ドラマの中では特殊車両として登場し、トランクフードの通信アンテナや、グリルに備えられた追跡用発信弾の射出口、車載コンピューターなど、子どもからすると「こんなクルマが本当にあるのか」と思わせる装備が満載でした。

黒いボディにゴールドのホイールという組み合わせも強烈です。
実際、黒のジャパンターボを見ると、どうしてもマシーンXを連想してしまう人は多いのではないでしょうか。スカイラインのファンになったきっかけが「西部警察だった」という人がいても不思議ではありません。

「日本の風土が生んだ名車」というコピー
ケンメリほど派手ではない。でも、単なるファミリーセダンでもない。快適さや装備を重視しながら、ターボを投入して「やっぱりスカイラインは速くなくちゃ」というところも見せる。そして「日本の風土が生んだ名車」という、かなり大きな看板まで掲げてしまった。
旧車イベントでジャパンを見かけると、状態の良い個体はもちろんですが、オーナーが少し手を入れたクルマにも目が行きます。
特に黒いジャパンターボにゴールドのホイールという姿を見ると、「マシーンXだ!」と思ってしまいます。でも、そこで終わらないのがジャパンの面白いところです。
丸目4灯の素朴な前期型もあれば、角目2灯で精悍になった後期型もある。4ドアもあれば2ドアもある。そして、普通に街を走っていたであろう姿から、テレビの特殊車両を思わせる姿まで、いろいろな表情を見せてくれます。
まさに「日本の風土が生んだ名車です」。そう考えると、これはこれでなかなかいいコピーだったのかもしれません。

データ
- 販売期間:1977年(昭和52年)~1981年(昭和56年)
- エンジン:直4 1.8L、直6 2.0L
- ホイールベース:2,615mm
- 全長:4,600mm
- 全幅:1,625mm
- 全高:1,390mm
管理人のつぶやき
本文では丸目4灯の前期型について触れたのですが、実際には旧車イベントで目にする機会はとても少なく、手持ちの画像がなかったので掲載できませんでした。いつか撮影の機会があれば追加したいと思います。
大門軍団系のカスタマイズ車は旧車イベントの華といえましょう。今回掲載したマシンXオマージュなんかは、オーナーさん自ら団長コスプレして登場する凝りようです。カメラを向けたら見事なポーズまで決めてくださって、どうもありがとうございました。
フォトギャラリー























