パット・ベネター – パワフルかつ艶やかなボーカルでロック界を制圧

「声」というのは、その人のアイデンティティを決定づける要素のひとつ。とりわけ、ロックというジャンルにおいては、ギターやリズムの奥からでも浮かび上がる“あの声”が、時代や国境を越えてリスナーの心を貫くことがあります。1970年代末から80年代のMTV黄金期にかけて、その声でアメリカ中を、いや世界を熱くさせた女性シンガーがいました。そう、Pat Benatar――パット・ベネターです。

パット・ベネター/Pat Benatarとは

デビューアルバム『真夜中の恋人たち(In The Heat Of The Night)』

デビューからいきなりロックの主役に

小柄でキュートなルックスながら、彼女がマイクを握れば、それはもう一転して獰猛なロック・アニマル。どこからこんなパワーが出るんだ?と誰もが驚いたはず。

デビューアルバム『In the Heat of the Night』(1979年)でいきなり注目を浴び、特にシングルカットされた「Heartbreaker」は、彼女の真骨頂とも言えるナンバーでした。まるでギターのディストーションと一体化したような声で、“壊し屋”のように聴き手のハートを打ち砕いてきます。

初期の大ヒット作「Heartbreaker」

ヴォーカリストとしての格の違い

ベネターの魅力は、ただのロック姐御(あねご)で終わらないところにあります。クラシック声楽を学んでいたというバックグラウンドがあり、彼女のヴォーカルは圧倒的なテクニックと安定感に裏打ちされています。力強さの中にも繊細なコントロールが光っていて、それが彼女のサウンドをよりユニークにしているのです。

飛躍のきっかけ、「Hit Me with Your Best Shot」

そして1980年にリリースされた『Crimes of Passion』で、彼女は本格的にブレイクを果たします。このアルバムからは、「Hit Me with Your Best Shot」が大ヒット。アメリカのチャートでも上位に食い込み、以来彼女の代表曲となりました。

2ndアルバムから「Hit Me With Your Best Shot」

タイトルからして挑発的ですが、そのポップでキャッチーなフレーズと、スカッと突き抜けるようなサビが絶妙です。まさに「お前の全力パンチ、受けてやるよ」という強気なメッセージ。これ、当時の女性シンガーとしては相当新しかった。ロックという、ある種男臭い世界で、ここまで堂々と自分を主張できる女性は稀有でした。

ニール・ジラルドとの名コンビ

パット・ベネターのもうひとつの武器は、パートナーでありギタリストのニール・ジラルドとのコンビネーションです。この2人の音楽的な結びつきはまさに一心同体。彼のギターがなければ、ベネターの声もここまで暴れられなかったんじゃないかと思うくらい、絶妙なバランスを保っています。ふたりは後に結婚し、プライベートでもパートナーとなるわけですが、あくまで音楽的にも対等な関係であるところが実にクールです。

ロックバラードの名曲「Promises in the Dark」

1981年のアルバム『Precious Time』では、「Promises in the Dark」がまたもやラジオを賑わせます。しっとりと始まるバラード調のイントロから、サビに向かってテンションが上がっていく構成は見事で、ドラマティックな展開が心に響きます。感情の起伏を声だけでこんなに表現できるのか、と改めて感嘆する一曲です。

「Promises In The Dark」

戦う女性のアンセム「Love Is a Battlefield」

それから1983年の「Love Is a Battlefield」も忘れちゃいけません。この曲はMTV時代を象徴する一本ともいえる、ストーリー仕立てのPVでも話題となりました。夜の街を舞台に、若い女性が自由を求めて家を出ていく――そんなストーリーとリンクするように、ベネターの歌声が抑圧と戦う意志を体現しています。ビートはディスコ的に跳ねていて、メロディはどこか哀愁を帯びていて、そして声は常に前に出る。この融合感が最高なのです。

「Love Is A Battle Field」

存在そのものが“メッセージ”

ベネターの楽曲は、その時代の女性たちの心を代弁していたとも言えるでしょう。彼女はフェミニズムを声高に叫んだわけではありませんが、存在そのものが“強く美しい女性像”として機能していました。媚びず、恐れず、でもちゃんとセクシーで、人間味がある。だから同性からの支持も高かったし、男性リスナーにも「格好良い」と素直に思わせる何かがあったのです。

変わらぬ信念、変わらぬ声

それにしても、Pat Benatarという人は“サバイブ”してきたアーティストです。流行の波に飲まれず、自分のスタイルを頑なに守り続けた。そしてそれが、時を超えて再評価されている理由でもあるでしょう。実際、近年ではロックの殿堂入りを果たし、その存在感が再びクローズアップされています。声の強さは、時代を超える。それを証明したひとりが、まさに彼女なのです。

管理人のつぶやき

あの小柄でスレンダーなカラダのどこにそんなエナジーが隠されているんだ、というくらい本当にパワフルな声量ですよね。パワフルでありながら独特の艶やかさを感じさせる声は唯一無二のもの。激しくシャウトしても決して歪みっぽくならないんですよね。ストレートなロックからしっとりしたバラードまで、さらにカヴァー曲でさえ自分のモノにしてしまうロックの女王。無限に聴いていられます。

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