プリテンダーズ – クリッシー姉さん率いるイギリスのロックバンド

プリテンダーズはイギリスのロックバンドですが、アメリカ人女性のクリッシー・ハインドが実質的なリーダー。1978年に結成され、現在でもクリッシーを中心に活動を続ける息の長いバンドです。

プリテンダーズ/The Pretendersとは

プリテンダーズのデビューアルバム
デビューアルバム

クリッシー・ハインドのバンド

デビューアルバムのジャケットで文字通り紅一点のクリッシー姉御。赤い革ジャンが良くお似合いです。周囲のメンバーはクリッシーの引き立て役に見えてしまいます。

クリッシーはよく「元音楽誌の記者」という紹介のされ方をしますが、根っからのジャーナリストだったというわけではなく、もともとミュージシャン志向でした。

アメリカでの学生時代にバンド活動を始めますが、ロックの本場イギリスに渡り、そこで得た職が音楽誌NMEの記者でした。ただ記者時代は長くは続かず、のちにパンクロックバンドのセックス・ピストルズの生みの親となるマルコム・マクラーレンが経営するボンデージ・ファッションの衣料品店で働いたりしました。

その後、フランスに渡ってバンド結成に失敗したり、戻ったロンドンで複数のバンドに加入と脱退を繰り返すなど紆余曲折を経ますが、1978年にレコード会社に送ったデモテープがきっかけとなりプリテンダーズを結成することになります。

ファーストアルバムが大成功

プリテンダーズは1979年にキンクスの「ストップ・ユア・ソビン」をカヴァーしたシングルでデビュー。これが全英30位と当たります。翌年にはファーストアルバム『Pretenders(愛しのキッズ)』をリリースしますが、シングルカットされた「恋のブラス・イン・ポケット」は全英1位を獲得。アメリカでもチャート上位に食い込むなど世界的な注目を集めました。

『Brass in pocket(恋のブラス・イン・ポケット)』
『kid(愛しのキッズ)』

メンバーの変遷を乗り越えて

華々しいデビューを飾ったプリテンダーズは1981年には2枚目のアルバム『プリテンダーズ2』をリリース。しかしその後にベースのピート・ファンドンが解雇され、続いてギターのジェームス・ハニーマン・スコットが心臓麻痺で急死するというトラブルに見舞われました。

バンドの危機ともいえる状況を克服して1984年にリリースした3枚目のアルバム『ラーニング・トゥ・クロール』からは、はじめてアメリカでトップ10入りを果たしたヒット曲『チェイン・ギャング』がシングルカットされています。

『Back on the chain gang』

1986年リリースの4枚目のアルバム『ゲット・クロース』は全英6位を獲得。シングル『ドント・ゲット・ミー・ロング』はシングルチャートで10位にランクされました。

『Don’t get me wrong』

ロックの殿堂入りを果たす

メンバーの入れ替わりは1994年頃にはようやく落ち着き、その後はほぼ同じ顔触れ(2006年にベースのメンバーが変更)で今日まで活動を続けています。

2005年にはロックの殿堂入りを果たしました。

管理人のつぶやき

クリッシー・ハインド。生き様からして実にカッコいいですね。自分の進む道は自分で切り開く。どんなにタフな状況でもしなやかに乗り越える。そんな姉御には誰だってついていきたくなるものです。

昨今はジェンダー平等とかダイバーシティなんていう風潮で会社でも政府・政党でも女性を登用とかやってますけどただの頭数合わせになってませんかね。クリッシーを見ているとそんな気がしてきます。

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