ラジカセにテレビを内蔵した、いわゆる「ラテカセ」の名称が初めて採用された製品。3インチ白黒ブラウン管を搭載し、コンパクトにまとめた初代ラテカセです。
ビクター M-77とは

ラテカセはビクターの商標
ラジオとカセットテープレコーダーを一体化した製品は一般的に「ラジカセ」と呼ばれますが、実はパイオニアが自社製品の呼称として初めて使ったものです。他社はそれぞれ独自のネーミングを使っており、ビクターでは「ラジオカセッター」でした。
パイオニアのお株を奪う形で、ラジカセにテレビを内蔵した製品を「ラテカセ」と名付けたのはビクターでした。M-77は初めてラテカセの名を冠した記念すべき製品なのです。
先行したテレビ音声対応ラジカセ
ラジカセにテレビ電波を取り込んだ製品はラテカセ以前にも存在していました。
テレビ音声を聴取するためのチューナーを内蔵したもので、ビクターではRC-505というラジカセにVHFとUHFのチューナーが搭載されていました。ただ、これはあくまでラジカセの派生機種であり、ラテカセとは呼ばれませんでした。

音声だけじゃ物足りない
やはりテレビは映像があってなんぼのもの。音声だけでは物足りないという人々の欲望を満たすべく、必然的な流れとして映像を見ることができるラジカセが登場することになります。
昭和51年頃から、ソニーのジャッカルやナショナルのトランザム、日立の見聞録など各社はラテカセ(呼び方は各社各様でしたが)をラインアップに加えていきます。
ブラウン管をどう搭載するか
当時の映像デバイスはもっぱらブラウン管でした。
液晶ディスプレイはまだ萌芽期で、テレビでの実用化はもう少し先になります。ちなみに早くも1978年(昭和53年)にはシャープが5.5インチ白黒の液晶テレビの開発に成功しており、のちの「液晶のシャープ」の礎を築いています。
液晶とは違いブラウン管は奥行きが必要なデバイスであるため、コンパクトさが取り柄のラジカセにどう内蔵するかは大きな問題でした。通常のラジカセのプロポーションのまま、前面に画面がくるように配置すると、ブラウン管の奥行きのために背面が飛び出たカッコ悪いフォルムになってしまいます。
ラジカセのプロポーションから脱却する思い切ったレイアウトを採用したのは、他社と違うことをやるのが大好きなソニー。ジャッカルで採用されたキュービックスタイルなら画面を前面に配置しながら難なくブラウン管を内蔵することができますし、見た目も斬新です。

ビクターは従来のラジカセらしいプロポーションを保つことを選択。その結果、ブラウン管は本体の縦方向に配置し、画面は本体上部に位置することになりました。
このレイアウトでは、テレビを視聴する時には本体を横に寝かせることになります。

このレイアウトで割を食ったのがラジオ。本体上部の定位置を画面に奪われ、前面に引っ越すことになりました。そのため、ラジオとして使う場合には本体を起こして使うことになります。
ただ、この苦肉のレイアウトのおかげで、円形のチューニングスケールとオフセットされたダイヤルがセンターに位置するという、とてもユニークなデザインが出来上がったとことは結果オーライと言うべきでしょう。

3インチブラウン管
ブラウン管は3インチというミニサイズ。スペースの制約もありますが、乾電池でも長時間使えるよう消費電力を抑えたかった、という事情もあるでしょう。もちろん白黒です。

テレビの選曲はRC-505のようなチャンネル方式ではなく、ラジオと同様にチューニングスケールを見ながらダイヤルを回す方式です。個人的にはRC-505のようにチャンネルにしたほうが、よりテレビっぽくて面白かったのにと思います。
ユニークな機能に「映像反転」があります。「PICTURE TURNING」というスイッチがそれで、映像を上限反転させることができます。普通にテレビを視聴する際の横置き状態では「NORMAL」にしますが、縦置きの場合に見る方向によっては「TURN」を選択します。実用性があったかどうか疑問ですが、面白いアイデアではあります。

横置き前提のカセット操作部
カセット操作部は横置きを前提にしたレバー式スイッチです。ガードバーがアクティブな利用シーンをイメージさせます。4電源方式で屋外やクルマの中での使用も想定。行動派のヤングをターゲットにした製品です。


データ
- モデル名:M-77
- 発売:1976年(昭和51年)
- 定価:67,800円
- サイズ:W392 x H305 x D125 (mm)
- 重量:5.1kg(電池含まず)
カタログより


管理人のつぶやき
家電メーカーは、いわゆる事業部制をとっている会社が多かったと思われます。経営の神様、松下幸之助さんが昭和8年(1933年)に日本で初めて採用した、とされていますね。
M-77のカタログ裏面には「白黒テレビ事業部」という表記があります。一方で、同社のラジカセ総合カタログには「ラジオ録音機事業部」と。
ここから推察されるのは、ラテカセはラジカセの発展形ではなく、テレビの派生形という位置づけだったのでは、ということ。
どちらでも良さそうなものですが、本文に書いたように、ラジオが本来の居場所を奪われてしまったのはそんな背景も影響したのでは、なんて邪推してみるのもまた一興です。


