ドイツ生まれ、米国ロスアンゼルス育ちのシンガーソングライター。70年代ウェストコーストのミュージックシーンで台頭すると、親しみやすいメロディに社会性あるメッセージを載せて発し続ける気骨のあるアーティストです。
目次
ジャクソン・ブラウン/Jackson Browneとは

ソングライターとしての早い評価
キャリアの初期から、ジャクソン・ブラウンはソングライターとして高く評価されていました。イーグルスの「Take It Easy」を共作したことはよく知られており、70年代初頭のウエストコースト・シーンを語るうえで欠かせない名前の一人です。
この曲に見られる肩の力の抜けた感覚や、日常を切り取る視点は、のちの彼自身の作品にも共通しています。
評価を確立した代表曲
ソロとしての初期代表曲「Doctor My Eyes」は、メロディの親しみやすさと内省的な歌詞の組み合わせが印象的な楽曲です。当時の同世代アーティストと比べても、感情を過度に強調せず、冷静に状況を見つめる視点が際立っていました。
この曲をきっかけに、ジャクソン・ブラウンはシンガー・ソングライターとしての評価を確立していきます。
70年代を駆け抜ける
70年代後半に発表された「Running on Empty」は、ツアー生活の疲労や日常の消耗感をテーマにした楽曲として広く知られています。軽快なリズムを持ちながらも、内容は現実的で、過度にドラマチックではありません。
この曲は、リリース当時だけでなく、時間が経つにつれて共感を得る層が広がった楽曲のひとつと言えるでしょう。
初の全米1位を獲得
1980年にアルバム『Hold Out』が全米1位を記録したことで、ジャクソン・ブラウンは商業的にも大きな成功を収めます。ただし、音楽性自体はそれ以前と大きく変わらず、落ち着いたサウンドと誠実な作風を維持していました。
ヒットをきっかけに方向転換するのではなく、既存のスタイルを保った点は、彼のキャリアを通じた特徴のひとつです。
80年代的要素を取り入れた楽曲
80年代に入ると、「Somebody’s Baby」のように、ややポップで都会的な要素を取り入れた楽曲も発表しています。ただし、当時の流行を強く押し出すというよりは、従来の作風に時代の要素を自然に重ねた印象です。
このため、80年代の作品であっても極端な時代性を感じにくく、後年でも聴きやすい曲が多く残っています。
声と音がちょうどいい
ジャクソン・ブラウンの声は、決して派手ではありません。でも、その分、長く聴いても疲れない。レコードをかけっぱなしにしていても邪魔にならず、ふとした瞬間に歌詞が耳に残る。
70年代も80年代も、部屋で音楽を流しながら過ごしていた身としては、こういう音楽が一番付き合いが長くなります。
管理人のつぶやき
ジャクソン・ブラウンはリベラルな考え方の持ち主で、熱烈な民主党支持者であることはつとに有名。80年代には時のレーガン政権を当てこすったアルバム『愛の使者』をリリースしたり、2000年代に入っても大統領選強でオバマ支持を訴えたりなど、筋が通ってます。
専制君主のごとく振る舞い、世界をカオスに陥れたトランプ大統領をどう思っているのかは想像に難くありません。ただ、2025年11月に52歳の若さで急逝したジャクソンの息子イーサン・ブラウンの死因が合成麻薬のフェンタニルだった、というのはちょっとショックでした。フェンタニルはトランプ大統領が「大勢のアメリカ人の命を奪っている」として、その流入元とされる国々を激しく非難していたからです。ジャクソンも複雑な感情を抱いたかもしれない、と思うとなんだか胸が痛いです。

