トヨタ カローラレビン(初代) – 大衆車から生まれた過激なスポーツマシン

1969年の東名高速開通に象徴される高速化時代を迎えた日本のモータリゼーション。そのトレンドを捉えて発売された2代目カローラをベースに、ひとクラス上の高性能エンジンを搭載した過激なスポーツマシンがカローラレビン/スプリンタートレノです。

トヨタ カローラレビン(初代/TE27型)とは

TE27型カローラレビン
TE27型カローラレビン

高度経済成長の波に乗り、自動車がもはや一部の富裕層だけのものではなく、若者たちの手の届く存在となりつつあった1970年代。そんな時代にトヨタが送り出したスポーツモデルがTE27型カローラレビンとその兄弟車であるスプリンタートレノです。

ベースは2代目カローラ

1970年に2代目カローラが登場する前年の1969年に東名高速道路が全面開通。同年、日産自動車はスカイライン4ドアGT-Rを発表し、翌1970年9月にGT-Rを4ドアセダンから2ドアハードトップのGT-Rにスイッチしました。

また、同年秋のモーターショーでトヨタは初代セリカGTをリリースし、三菱はギャランGTOを発売しましたた。そしてホンダは軽自動車初のスペシャリティモデルであるホンダZを発売して話題となります。当時、東洋工業と名乗っていたマツダは、流麗なカペラ・ロータリー・クーペで高速時代に対応。

そんな1970年に2代目トヨタ・カローラがデビューしたのですが、市場はカローラ&スプリンターにも決定的で魅力溢れる「スポーツモデル」を求めていました。そうした期待へのトヨタからの回答がカローラレビン/スプリンタートレノだったのです。

セリカのエンジンをぶち込んだ

「TE27型レビン&トレノ」に搭載されたエンジンは、国産初のスペシャリティカーとなるセリカのためにヤマハ発動機と共同開発した1.6リッター4気筒DOHCエンジンで、後に名機と呼ばれる2T-G型ユニットでした。

2連装したミクニ・ソレックスキャブレターがプレミアムガソリンを供給したそのエンジンは、9.8の圧縮比から最高出力115ps/6400rpm、最大トルク14.5kg.m/5400rpmを発揮しました。

TE27型カローラレビン
セリカ用に開発された高性能エンジンを搭載

組み合わせるトランスミッションもセリカ1600GTから移植。装着タイヤもマイナーチェンジしたセリカに倣って認可されたばかりのスポーツシューズともいえる70%扁平、175/70HR13サイズのラジアルタイヤが標準装備されました。

内外装も過激に

後付け感たっぷりにボルトオンされた迫力あるオーバーフェンダーを備えたボディは、全長×全幅×全高3945×1595×1335mmとセリカよりもコンパクトで、車重855kgと現在の軽自動車並みに軽いボディ&シャシーに、DOHCエンジン「2T-G」は当時、圧倒的で野蛮ともいえる衝撃的な運動性能を与えました。

迫力満点のオーバーフェンダー
迫力満点のオーバーフェンダー

室内は専用のバケット型スポーツシートと3本スポークのステアリング、ダッシュボードの6連メーターには油圧/油温計は備えていましたが、ラジオや時計はオプションで走りに徹していましたた。

スポーツマシンにふさわしい戦闘力

セリカよりも約100kg軽い小さなカローラ・クーペに1.6リッターDOHCエンジンを積むという、一見常識外れで乱暴にも思える行為でしたが、すでに国内では初代プリンス・スカイラインが1500cc・4気筒のファミリーセダンに、乱暴にも2リッター6気筒を強引に積んで2000GTと呼称する“乱暴な”クルマを発表していました。このカローラに与えられた、やんちゃな性能がレビン&トレノの魅力となったのです。

スポーティーなリアビュー
スポーティーなリアビュー

当時の公式記録では、パワーウエイトレシオ7.43kg/psから0-400m加速16.3秒、最高速度190km/hと記載されていました。

そして、1975年にトヨタ車として初めてWRC(世界ラリー選手権)で優勝を飾り、国内の全日本ラリー選手権などのコンペティションシーンにおいては、参加車両の半数以上がTE27型で占められるなど、大活躍することになります。

暴れ馬を御する醍醐味

高性能ツインカムユニット「2T-G」を得たTE27型・初代レビン&トレノでしたが、サスペンションの基本構造は、フロント・マクファーソンストラットコイルの独立&リア・リーフリジッドとカローラ・セダンそのもの。

スポーティグレードの1400SRよりバネ定数を上げてダンパーの減衰力を高め、さらにはスタビライザーも19mmから21mmに変更してコーナリング時の横剛性を大きく引き上げていますが、それでもなお、エンジンのパワー&トルクを持て余したと言われます。

レビンのバッジ
もはやカローラと呼んでくれるな

加えて、大きなエンジンを小さなボディに強引に押し込んだため、極端なフロントヘビーとなり、走行安定性に難のあるクルマでした。

しかしながら、腕に覚えのあるドライバーにとって「暴れ馬を御するような醍醐味が味わえる」クルマとして人気に拍車がかかったということです。

発売当時の車両価格は、若者でも背伸びをすれば手の届く81.3万円でした。

データ

  • 販売期間:1972年(昭和47年)~1974年(昭和49年)
  • エンジン:直列4気筒 1.6L DOHC/OHV
  • ホイールベース:2,335mm
  • 全長:3,945mm
  • 全幅:1,595mm
  • 全高:1,335mm
  • 重量:855kg

管理人のつぶやき

高性能なスポーツクーペが100万円を切る価格で買えたというのはちょっと驚きますが、当時と現代の貨幣価値を較べると3倍超ぐらいという説があります。そうすると現代の価格に換算して300万円前後になりますから驚くというほどでもありませんね。

管理人が社会人になったのは1987年。当時の若者が憧れたクルマといえば、プレリュードやシルビアに代表されるいわゆるデートカーでしたね。レビンはFR最後のモデルとなる「ハチロク」と呼ばれるAE86型がモデル末期で次期モデルからFFになるというので、走り屋さんたちは駆け込みでハチロク最終型のオーナーとなったことでしょう。その頃の新車価格は200万円強といったところで、廉価グレードなら200万円を切っていたかと思います。

で、話は現代に飛ぶのですが、久しぶりに復活するホンダのプレリュードはなんと600万円台だとか。もはや若者向けのクルマではないことは明白。どうやら経済的にゆとりのある「かつての若者」がターゲットのようですが、果たしてその戦略は当たるでしょうか?

フォトギャラリー

イメージカラーはモスグリーン
イメージカラーはモスグリーン
黒いホイール
黒いホイールが精悍さをアップ
スポーティーなリアビュー
スムーズなリアの流れ
オレンジ色のレビン
オレンジ色も良く似合う
オーバーフェンダーはボディ同色
オーバーフェンダーはボディ同色
車高アップ
車高を上げているようです
カローラエンブレム
カローラエンブレム
スプリンタートレノ
兄弟車のスプリンタートレノ
スプリンタートレノ
前期型のフロントマスク
前期型のフロントマスク
オーバーフェンダー
ボルトオンされたオーバーフェンダー
チンスポイラー
チンスポイラーで戦闘力アップ
トレノは雷鳴
雷鳴を意味するトレノ
トレノのコンビランプ
レビンと異なるコンビランプのデザイン
ラリーカー的カラーリング
ラリーカー的カラーリング
ブアラックアウトしたオーバーフェンダー
オーバーフェンダーもブアラックアウト
砲弾型のフェンダーミラー
砲弾型のフェンダーミラー
スプリンタートレノ
ブラック基調のトレノ
スプリンタートレノ
スプリンタートレノ
駆け抜ける雷鳴
カローラレビン
カローラレビン
カローラレビン
日差しに映えるオレンジ
カローラレビン
レビンとは稲妻のこと
カローラレビン
懐かしいロッドアンテナ

タイトルとURLをコピーしました