グレース F-8L – NHKと共同開発したMM型カートリッジの歴史的名機

グレースとはカートリッジの名門メーカーであった品川無線のブランド名。F-8Lを筆頭とするF-8シリーズは、グレースが生んだ数あるカートリッジのなかでも最大のヒットを記録したMM型カートリッジの歴史的名機といえましょう。

グレース F-8Lとは

グレース F-8L MM型カートリッジ
グレース F-8L MM型カートリッジ

NHKとの共同開発

F-8シリーズを語るのに欠かせないエピソードは何といってもNHK放送技術研究所との共同開発でしょう。放送局での使用に耐えうる性能と信頼性、それにクセのないフラットな音響特性が求められます。デンオン(現デノン)のロングセラーMC型カートリッジ DL-103と同じ開発背景のもと生まれたMM型カートリッジです。

グレースのヘッドシェル
ヘッドシェルは軽量タイプ

NHKとの共同開発にあたり、グレースはクリアすべき13項目もの条件を設定。すべてを満足したカートリッジの開発を目指しました。13項目をカタログから引用します。

  1. 周波数特性が可聴帯で平坦で歪の少ないこと
  2. 過渡特性が優れダンピングの良いこと
  3. チャネル・セパレーションの良いこと
  4. 左右チャネルのバランスの良いこと
  5. 高感度であること
  6. レコード内周で特性が劣化しないこと
  7. 針音の少ないこと
  8. 針先からみた機械インピーダンスが低く可聴帯で増大しないこと
  9. 針や振動系の消耗部品の交換が可能で容易に交換できること
  10. 外部からの誘導を受けないこと
  11. 堅牢で故障のないこと
  12. バラツキの少ないこと
  13. 自重の軽いこと

カートリッジに求められる条件をこれほど明確に定義し、それを実現してしまったNHKとグレースの技術力には目を見張るものがあります。こうして1966年(昭和41年)、放送局用としてF-8Dが誕生し、それを民生用に改良したのがF-8Lなのです。

ちなみに、カートリッジの世界的なトップメーカーであった米国・シュア社が、オーディオマニアから絶賛をもって迎えられたV15タイプⅡを発売したのは1967年のこと。タイプⅡが目指した理想のカートリッジ像は、F-8のそれとほとんど同じだったと言います。

ボディにはGRACEの刻印

多彩な針先レパートリー

F-8Lの大成功に勇気づけられたグレースは、F-8の持つポテンシャルを最大限に引き出すべく改良を重ねるとともに、針先レパートリーを増やしていきました。

F-8L

1966年発売のオリジナル機。フラットな周波数特性と優秀なトレース能力を持つF-8シリーズの代表作。スタイラスノブはクリアー。

F-8L
F-8L

F-8M

1968年発売。F-8Lの無色透明な音に飽き足らないユーザーの声に耳を傾け、音響心理学的アプローチを加えて「音楽性」を重視した個性的モデル。Mは「Musica」より。スタイラスノブはウイスキーブラウン。

F-8M
F-8M

F-8C

1969年発売。振動系に徹底的な改良を加え「あつらえた一級品」を目指したカスタムモデル。テーパードマグネットの採用による低歪化や、一層のハイコンプライアンス化が施されました。スタイラスノブは他のモデルと形状が異なります。色はクリアー。

F-8E/F

1972年発売。CD-4方式 ディスクリート 4チャンネル レコード用に開発された高性能モデル。45KHzまでの超高域を再生できるようF-8Fではシバタ針、F-8Eでは特殊だ円針を採用。従来より高性能な磁性体を使うことで振動系のさらなる軽量化を実現しました。新型形状の針先は、高域再生に優れるばかりでなく、レコードの摩擦も低減。針先の寿命も従来型の倍以上となっています。

スタイラスノブはF-8Fがブルー、F-8Eはイエロー・グリーンです。

F-8E
F-8E

上記以外にも、ローコストモデルのF-8H、10周年記念モデルのF-8L’10がありました。

F-8用交換針3本セット
L、M、Eの3本セット

データ

下記はF-8Lのものです。

  • 発売:1966年(昭和41年)
  • 定価:12,500円
  • 周波数特性:5Hz~35kHz
  • 出力電圧:5mV/ch (50mm/s、水平1kHz)
  • 針圧:0.5g~2.5g
  • 針先:0.2×0.8mil ルミナル・トレース(超だ円針)
  • カンチレバー:アルミパイプ

管理人のつぶやき

四畳半ひと間のトイレ共同木造アパートに下宿していた貧乏学生が、背伸びしてオーディオに入れ込んでいたのが1980年代前半のことでした。まだCD登場前夜で、音源はレコードとFM放送。

カートリッジは、アンプ、レコードプレーヤー、スピーカー、カセットデッキといった大物コンポたちに比べて存在感がはるかに小さいことから、あまり関心がありませんでした。なので、有名どころのデンオンとかオーディオテクニカのカートリッジを使って満足していました。グレースというブランドは耳にしていたかもしれませんが、特に気にも留めていませんでした。

最近になってF-8Lを入手し、はじめは70年代初頭のレコードを鳴らしては「70年代の音がする」などと懐古趣味的気分に浸っていたのですが、CD時代にリリースされたレコードを演奏したところびっくり。目の覚めるようなダイナミックなサウンドを奏でるではありませんか。本文に書いた13項目を読んでみるとそんな豹変ぶりにも納得。「グレースってすげえ」と今さらながら感激したのでした。

タイトルとURLをコピーしました